AIと聞くと、多くの人はChatGPTのように「質問すると答えてくれるもの」を思い浮かべるでしょう。
しかし、AIの使い方はそれだけではありません。
これからのAIは、1人で質問に答えるだけでなく、何千、何万というAIが同じ世界の中で生活し、働き、人間関係を作るようになるかもしれません。
そのような「AIによる仮想社会」を作るための技術が、AgentSociety(エージェント・ソサエティ)です。
AgentSocietyでは、AIに仕事をさせたり、買い物をさせたり、ほかのAIと会話させたりできます。
そして、
「ベーシックインカムを導入したら、人々の生活はどう変わるのか」
「SNSで過激な情報が広がると、社会はどうなるのか」
「大型災害が起きたとき、人々はどのように行動するのか」
といったことを、コンピューターの中に作った仮想社会で実験できます。
AgentSocietyは、いわば社会のデジタル実験場なのです。
AgentSocietyをひとことで言うと?
AgentSocietyを最も簡単に説明するなら、「AIの住人たちが暮らす、コンピューターの中の仮想社会」です。
たとえば、1万人のAIを用意したとしましょう。しかし、すべてのAIが同じ性格では、現実の社会には近づきません。そこで、それぞれのAIに違う設定を与えます。
あるAIは会社員。
あるAIは学生。
あるAIは高齢者。
あるAIは裕福で、別のAIは生活に余裕がない。
性格も違います。
積極的な人。
慎重な人。
他人の意見に影響されやすい人。
自分の考えをなかなか変えない人。
こうしたさまざまな設定を持ったAIを、同じ仮想社会の中で生活させます。すると、それぞれのAIが考え、行動し、ほかのAIと関係を作り始めます。
その結果、
「ある政策を実施すると、人々の行動はどう変わるのか」
「どのような情報が社会に広がりやすいのか」
「大きな事件が起きると、人々はどこへ移動するのか」
といったことを観察できるのです。
そもそも「AIエージェント」とは?
AgentSocietyを理解するには、まず「AIエージェント」という言葉を知っておく必要があります。
普通のChatGPTは、人間が質問すると答えます。
人間が質問する
↓
AIが答える
という仕組みです。
一方、AIエージェントは少し違います。目的を与えると、自分で状況を考え、次に何をするかを判断します。
たとえば、「今日は食料品を買わなければならない」という目的があるとします。するとAIエージェントは、
現在地を確認する。
店を探す。
店まで移動する。
商品を選ぶ。
お金を支払う。
家に帰る。
といった行動を、自分で判断して進めます。
さらに、途中で友人に出会えば会話するかもしれません。急に雨が降れば、予定を変更するかもしれません。財布のお金が少なければ、安い商品を選ぶかもしれません。
つまりAIエージェントとは、単に質問に答えるAIではなく、ある程度自分で考えて行動するAIなのです。
AgentSocietyでは、このようなAIエージェントを大量に作り、同じ仮想社会の中で生活させます。
ゲームのNPCとは何が違う?
ここまで読んで、「それなら、ゲームに出てくるキャラクターと同じでは?」と思う人もいるでしょう。たしかに、見た目だけならよく似ています。
ゲームの中には、プレイヤーが操作していない登場人物が大勢います。こうした登場人物は、一般にNPC(エヌピーシー)と呼ばれます。
NPCとは「Non-Player Character」の略で、簡単に言えば、プレイヤーではなく、コンピューターが動かしているゲーム内の人物のことです。
たとえば、ロールプレイングゲームの中には、
町の店員。
村人。
兵士。
宿屋の主人。
敵のキャラクター。
などが登場します。こうしたキャラクターの多くがNPCです。
しかし、従来のNPCは基本的に、あらかじめ決められたルールに従って動きます。
たとえば、
「朝8時になったら家を出る」
「主人公が話しかけたら、このセリフを言う」
「敵を見つけたら攻撃する」
といった具合です。つまり、開発者が事前に行動を決めています。
これに対して、AgentSocietyのAIエージェントは、
「自分はいま何をするべきか」
を、その時の状況や自分に与えられた設定をもとに判断します。
たとえば、同じ商品を買いに行く場合でも、
お金に余裕があるAI。
節約しているAI。
流行を気にするAI。
友人の意見に影響されやすいAI。
では、違う行動を取るかもしれません。
ここが、従来のゲームキャラクターとの大きな違いです。

AgentSocietyは「シムシティの住人が全員AIになった世界」
AgentSocietyをイメージしやすくするために、よく似た例として「シムシティ」というゲームがあります。
シムシティとは、町や都市を作り、発展させていく有名な都市開発シミュレーションゲームです。
プレイヤーは市長のような立場になり、
道路を作る。
住宅地を作る。
工場を建てる。
学校や病院を建てる。
税金を決める。
などを行います。すると、その結果によって、
人口が増える。
交通渋滞が起きる。
犯罪が増える。
住民が町から出ていく。
税収が減る。
といった変化が起こります。
つまり、自分が決めた政策や都市計画によって、町全体が変化するゲームです。
ゲームを知らない人は、「自分で町を作り、その町がどう変化するのかを見るゲーム」と考えればよいでしょう。
AgentSocietyも、社会全体の変化を観察するという意味では、シムシティに少し似ています。
ただし、大きな違いがあります。
シムシティでは住民は主に「人口」や「所得」といった数字として扱われますが、AgentSocietyでは住民一人ひとりがAIです。
一人ひとりが考えます。
会話します。
仕事をします。
買い物をします。
ほかの人の意見に影響されます。
場合によっては、自分の行動を変えます。
そのため、AgentSocietyは、「シムシティの住人一人ひとりが、考えるAIになった世界」と説明すると、イメージしやすいでしょう。
たとえば「ベーシックインカム」を実験できる
AgentSocietyで考えられる使い方の1つが、ベーシックインカムの実験です。ベーシックインカムとは、国民に一定額のお金を定期的に支給する制度です。
現実の社会で、「全国民に毎月お金を配って、どうなるか試してみよう」という実験を簡単に行うことはできません。莫大なお金が必要です。
一度制度を始めれば、人々の生活にも大きな影響を与えます。失敗したからといって、簡単に元に戻すこともできません。しかし、仮想社会なら違います。
たとえば、
ベーシックインカムなしの社会。
毎月3万円を支給する社会。
毎月10万円を支給する社会。
といった複数の仮想社会を作れます。
そして、
人々は仕事を辞めるのか。
消費は増えるのか。
生活満足度は変わるのか。
人間関係に変化は起きるのか。
といったことを比較できます。
もちろん、AIによる実験結果を、そのまま現実社会に当てはめることはできません。しかし、現実に政策を実施する前に、「どのような問題が起きる可能性があるのか」を探る手がかりにはなります。
SNSの炎上や社会の分断も実験できる
AgentSocietyでは、SNSのような社会も作れます。たとえば、仮想社会の中に、
普通の情報。
人々を怒らせる情報。
強い不安を感じさせる情報。
対立をあおる情報。
などを流します。
すると、
どちらの情報が広がりやすいのか。
人々の感情はどう変化するのか。
社会の対立は深くなるのか。
といったことを観察できます。
たとえば、
「ある投稿を削除すると、本当に炎上は収まるのか」
「過激な発信者のアカウントを停止すると、対立は減るのか」
「反対意見を見せれば、人々の考えは穏やかになるのか」
といった問題です。
現実のSNSで大規模な実験を行えば、多くの人に悪影響を与える可能性があります。しかし、AIだけが暮らす仮想社会なら、現実の人間を傷つけずに試せます。
災害が起きたときの人々の行動も再現できる
AgentSocietyでは、災害のような大きな出来事も仮想社会に発生させられます。
たとえば、仮想都市に大型台風を発生させます。するとAIの住人たちは、
自宅に残る。
避難する。
買い物に行く。
家族に連絡する。
SNSで情報を集める。
安全な場所へ移動する。
といった行動を取ります。
もちろん、全員が同じ行動をするわけではありません。すぐに避難する人もいれば、「まだ大丈夫だろう」と考えて自宅に残る人もいます。車で移動する人もいれば、徒歩で避難する人もいます。
このような実験を繰り返すことで、
どのタイミングで避難情報を出すべきか。
どの道路が混雑しやすいか。
どのような情報を出せば避難してもらいやすいか。
といった災害対策を考える手がかりになる可能性があります。
これまでの社会研究とは何が違う?
これまで社会の仕組みを研究するには、主に次のような方法が使われてきました。
アンケートを取る。
人々にインタビューする。
過去の統計を分析する。
小規模な社会実験を行う。
どれも重要な方法ですが、大きな問題があります。時間とお金がかかることです。たとえば1万人にアンケートを取るだけでも大変です。10年間の社会変化を調べようと思えば、本当に10年待たなければならない場合もあります。
仮想社会では、条件を変えながら何度も実験できます。
ある世界では増税する。
別の世界では減税する。
さらに別の世界では給付金を配る。
そして、それぞれの結果を比較します。
現実社会では、同じ国を3つに分けて違う政策を実験することはできません。しかし、コンピューターの中なら可能です。この点が、AgentSocietyの大きな特徴です。
将来は政策を決める前に「AI社会」で試す?
AgentSocietyの技術が進化すると、将来は政策を実施する前に、仮想社会で試すことが普通になるかもしれません。
たとえば政府が、
消費税を上げたらどうなるか。
年金制度を変更したらどうなるか。
週休3日制を導入したらどうなるか。
ベーシックインカムを導入したらどうなるか。
AIによる大量失業が起きたらどうなるか。
といった問題を検討するとします。
これまでは、専門家が過去の統計データを使って予測するのが一般的でした。
しかし将来は、
政策案を仮想社会に投入する
↓
数万人のAI住民を生活させる
↓
問題点を発見する
↓
政策を修正する
↓
もう一度実験する
という方法が使われるかもしれません。いわば、政策の試作品をAI社会でテストするわけです。

AI失業が起きた社会も実験できるかもしれない
AgentSocietyが特に注目される可能性があるのが、AIによる大量失業の問題です。
将来、AIやロボットが急速に普及し、多くの仕事が自動化されたとします。
すると、
失業者が急増する。
所得が減る。
消費が落ち込む。
住宅ローンを払えない人が増える。
生活保護の利用者が増える。
社会不安が高まる。
といった問題が起きる可能性があります。しかし、実際にその状況が起きるまで、社会がどう変化するのかはわかりません。
そこで、仮想社会の中で、
AIによって10%の人が失業する社会。
30%の人が失業する社会。
50%の人が失業する社会。
を作ります。
さらに、
失業手当を増やす。
職業訓練を行う。
ベーシックインカムを導入する。
労働時間を短くする。
といった対策を試します。
どの政策が最も社会の混乱を小さくできるのか。
どの政策に思わぬ問題があるのか。
そうしたことを事前に検討できる可能性があります。
これはAgentSocietyのような技術が、今後非常に重要になる理由の1つでしょう。
ただし、AI社会の結果を信じすぎてはいけない
ここで非常に重要な注意点があります。
AgentSocietyは、未来を正確に予言する機械ではありません。仮想社会の住人は、本当の人間ではないからです。
AIは人間らしい文章を作れます。人間らしい判断をすることもあります。しかし、本物の人間と完全に同じではありません。
現実の人間は、
感情に流されます。
矛盾した行動をします。
疲れて判断を変えます。
家族への愛情で損得を無視します。
理由もなく気が変わることがあります。
AIが、こうした人間の複雑さを完全に再現できるとは限りません。
また、実験結果は、
使用するAIの種類。
AIに与えた性格。
仮想社会のルール。
研究者の考え方。
などにも影響されます。
設定を変えれば、結果も変わる可能性があります。そのため、「AI社会でこの結果が出た。だから現実でも必ずこうなる」と考えるのは危険です。
AgentSocietyは未来を断定する道具ではありません。むしろ、現実の社会では試しにくい仮説を検討するための実験場として考えるべきでしょう。
それでもAgentSocietyが重要な理由
人間の社会は、あまりにも複雑です。1つの政策を変えるだけでも、
経済。
雇用。
消費。
人間関係。
SNS。
政治。
地域社会。
など、さまざまな場所に影響が広がります。しかも、一人ひとりの人間は違う考え方を持っています。
これまでのコンピューターでは、こうした複雑な社会を再現するのは困難でした。しかし、大規模言語モデルの登場によって、
考えるAI。
会話するAI。
行動するAI。
を大量に作れるようになりました。
AgentSocietyは、そのAIたちを同じ世界で暮らさせることで、一人ひとりの行動から、社会全体がどう変化するのかを調べようとする技術です。
まとめ
AgentSocietyとは、AIエージェントたちが暮らす仮想社会を作り、社会の変化を実験するための技術です。
そこで暮らすAIは、従来のゲームに登場するNPCのように、決められた動きを繰り返すだけではありません。
NPCとは、ゲーム内でコンピューターが動かしている登場人物のことですが、従来のNPCは、基本的にあらかじめ決められたルールに従って動きます。
一方、AgentSocietyのAIエージェントは、状況を考え、ほかのAIと会話し、自分なりに行動を決めます。
また、AgentSocietyは都市開発ゲームのシムシティにも少し似ています。シムシティとは、自分で町を作り、その町がどのように発展するかを見るゲームです。
しかしAgentSocietyでは、その町の住人一人ひとりがAIとして考え、行動します。
つまり、AgentSocietyとは、「シムシティの住人全員が、考えるAIになったような世界」です。
そこでは、
ベーシックインカム。
AIによる大量失業。
社会の分断。
SNSでの情報拡散。
災害時の行動。
新しい社会制度。
などを実験できる可能性があります。これは、単なる新しいAIサービスではありません。将来は「現実社会を変える前に、まずAI社会で試してみる」という時代が来るかもしれません。
もちろん、AIは本物の人間ではありませんし、シミュレーションの結果を、そのまま未来の予言として信じることはできません。
それでも、失敗が許されない政策や、現実には試せない社会制度を検討するための「もう1つの社会」として、AgentSocietyは非常に興味深い技術です。
私たちはこれまで、AIに「答え」を求めてきました。しかしこれからは、何万人ものAIを同じ社会で暮らさせ、その社会で何が起こるのかを見るという使い方が始まろうとしています。
AgentSocietyは、その未来を先取りする技術の1つなのです。


